
小学校2年生迄は仙台市に住んでいたのですが、どちらかと言うと先生によく怒られる方で、授業中にうるさくして、先生に「うるさいから校庭に立ってろ!」と言われ校庭に立たされたり、よく友達と喧嘩をしていたりする、突発的で感情に任せて行動するような子供でした。小学校3年生になり引越をすると、誰も知り合いもなく、当時ファミコンが流行っていましたがゲーム機を買い与える家庭ではなかったので友達と話題もなく退屈な時間が多くなり読書をするようになりました。今でも覚えていますが一番初めに読んだ本が「ライト兄弟の伝記」でした。偉人がどういう生き方をしたのかを読むのが面白かったので、それから学校の伝記物はほとんど読み他のジャンルの本も読むようになっていきました。この小学校で1番本を読んだのではないでしょうか、1日1冊は読んでいました。よく読んだのは江戸川乱歩の怪人二十面相とかです。本を読むと集中してしまい、あやうくバスを乗り過ごしてしまいそうになることもありました。
07:00 ~ 08:00 出勤、カルテチェック
08:15 ~ ICU
09:00 ~ 回診、Ope
17:00 ~ 19:00 帰宅
小学校の頃は目立つような子ではありませんでしたし、成績を意識したことはありませんでした。中学校に入ると小さい学校ということもあって成績で1番になることが多かったです。塾とかには通わず通信教育を受講していました。小学生の頃はペンとか鉛筆を持つのは面倒臭いと言って親を困らせるような子供でしたが、負けるのが嫌いだったためか、中学生になり成績に競争という要素が入ってくると楽しくなってきました。親の育て方が良かったのだと思います。適度に自由にしつつ、上手に教育してくれたのだと思います。特に勉強しなさいと言われたことはありませんでした。
部活動は、人と一緒に何かをやるのがそもそも好きではなかったので中学高校ではさほどしていませんでしたが、大学に入りボート部に所属して初めてチームをつくるとか人と一緒に何かをやるようなりました。
曾祖父までが医師の家系だったとの話を小学校の低学年の頃に聞いて、漠然と医師になれたらなろうと思ったのがきっかけです。
病院見学の最初の病院で、来て見ると非常に印象が良かった点です。先輩の研修医の方々が生き生きと研修をされていましたし、また、いろいろやらせてもらえるという話を伺って決めました。スノーボードがしたいのでスキー場から近かったこともあります。
オフの日は、寝てるか、本を読むか、ぼーっとしていて大した休みはしていません。
長い休みがあったら、東南アジアとかアフリカなどへ旅行に行きたいです。シャツと下着ぐらいを入れたカバン1つで、往復の航空チケットだけ取って、現地の空港についてから地図をもらって計画を立て始める、そんな汚らしい旅をしたいです。宿とかも現地でその場その場で考える、夜に宿で明日何やろうか考える、あまり怖いとか思わないほうなので、それほど怖い体験はこれまでにはなかったです。
親は普通に心配していると思いますが、僕のところをどこに行っても生きていける人と思っているのか、それほど気にしていないようです。しかし、親が死ぬまでは死なないと親とは約束しているので、それまでは死ぬほどの危険なことはできないと思っています。本当にやりたいことは親が死んでからになりますが、パキスタンとかアフガンとか危険そうな場所に行ってみたいと思います。以前モロッコに行ったときにドバイ空港でバクダッド行きの案内表示板を見てわくわくしていた
記憶があります。紛争地帯などの戦場へも行ってみたいと思っています。それは、自分が日常に飽きてしまうところがあって、そこそこ刺激が欲しくなることがあり、また、あまり人が見れないものを見たいというところもあります。そこまで自分自身、命が惜しくないということも関係していると思います。
少子高齢化でお年寄りを診る医師が増えていく流れになると思いますが、それよりも僕は、せっかく生まれた子供はより多くの大人の手で助けてあげるべきだと考えます。それは義務感というか、自分が辛かった時に子供に助けられた経験がそう思わせます。一度目の別の学科での大学4年生の時、周りが就職活動などで進路が決まっている状況で、自分は受験をしようかなと考えていて宙ぶらりんの状態で憂鬱になっていたときに、肢体不自由児と一緒に夏キャンプに行く活動をしていたのですが、一緒に過ごす最後の夜にすごく悩んでいたのでしょうね、自分自身の思いのたけを涙流しながら語ったのですが、その時に障害を持った子に、「そんなに泣くことないじゃないですか!」と明るく言われて、今でも思い出し笑いをしてしまうのですが、自分の中ではその言い方に救われた部分があって、キャンプを終えて周りが皆卒業旅行とかに行っている間、細々と受験勉強をしていて辛いと思っても、その子の言葉を思い出しながら励まされ何とか受験勉強を終えることができた経験をしました。そこで自分が救われているから今度は自分が恩返ししないといけないな、という勝手な義務感かもしれないですがそういう思いがあります。