女流棋士たちに聞く 囲碁界に吹き込む新たな風

囲碁と地域文化が響き合う― 会津から生まれた女流棋士たちの熱き戦い
女流立葵杯は、東北で唯一の女流囲碁大会として2014 年に創設され、日本棋院が主催する地域の文化と結びついた大会。女流立葵杯の特徴は、前夜祭での女流棋士の羽織袴姿や、多くの囲碁ファンが全国から集まり、地域の自然と温泉を楽しむことができる点にもあります。女流棋士たちは、予選会で女流立葵杯のベスト4入りを目指して熱戦を繰り広げます。女流棋士のレベルは年々向上し、昨今では世界戦に進出するなど、囲碁界の発展に大きく貢献しています。囲碁の女流タイトル戦「第11期会津中央病院・女流立葵杯」の挑戦手合三番勝負に挑んだ女流棋士、上野愛咲美女流立葵杯と向井千瑛六段に話を聞きました。

囲碁との運命的な出会いについて
上野愛咲美女流立葵杯
私の場合、祖父は囲碁が大好きで、段位は五段ぐらい持っていました。子供の頃、祖父から「囲碁は頭にいいからどうだろう」と勧められたのがきっかけで、囲碁を始めました。祖父は宮崎県に住んでおり、頻繁に会うことはできませんでしたが、自宅に碁盤がありました。そこで、囲碁教室に通い始めたのです。妹も習い事として囲碁を始め、兄弟で囲碁を楽しみました。(妹は上野梨紗女流棋聖)囲碁を通じて、家族との絆が深まり、頭脳の訓練にもなりました。
祖父からの影響で始めた囲碁は、私にとって大切な趣味となり、日常生活にも良い影響を与えています。祖父との思い出や囲碁を通じて得た経験は、私の成長に欠かせないものであり、今後も続けていきたいと思います。
師匠との出会いが囲碁を続けるきっかけに
向井千瑛六段
私には二人の姉がいて、私は姉妹の末っ子です。(姉は三村芳織三段、長島梢恵三段)一番上の姉とは6 歳離れています。物心がついた頃には姉たちが囲碁をやっている環境で育ち、私も自然と囲碁を始めていました。三人姉妹とも囲碁に親しんでいたのです。環境的に囲碁が身近にありました。
私の師匠も実は3 姉妹で、囲碁をやっていました。もう亡くなってしまったのですが、子供の頃に囲碁大会などに参加していた際、その先生が心配して声を掛けてくださったことがきっかけで、囲碁に興味を持ちました。私が5~6 歳の頃に姉と一緒に囲碁教室に通ったことが始まりです。
私の師匠はとても優しい方でした。入門してから先生の教室で少し教えてもらっていたのですが、5~6 歳ぐらいの時なので、お昼になると眠くなってしまうことがありました。先生に指導してもらっている最中についうとうとしてしまい、普通なら怒られると思うのですが、先生は小銭入れを渡して「これでちょっとジュースを買ってきなさい」と言ってくださいました。自販機がそこにあったので、「行ってきなさい」と。
本当に優しい先生でした。やはり、そのような先生との関係が、囲碁を続けるきっかけになったのだと思います。

女流立葵杯の特徴は?
「上野」
会津中央病院・女流立葵杯では、ベスト4 に入れば会津に行くことができ、さらに前夜祭で袴を着ることができます。美味しいご飯を楽しみ、素晴らしい宿泊施設や温泉を堪能できることから、皆がそこを目指して頑張っています。自然も素晴らしく、良い空気の中で散歩を楽しんだり、近くの足湯でリフレッシュしたりすることもできます。女流棋士は全員、ベスト4 を目指して予選会に挑んでいます。旅行をしながら戦いに挑めるというのも、この大会の特徴です。妹も気合が入っており、「ベスト4 を目指して頑張るぞ!」という気持ちで日々努力しています。本当に華やかな大会です。


「向井」
私も同じで、ベスト4 を目指して会津に行きたいというのは、女流棋士みんなが思っていることだと思います。やはり、華やかなお着物を着ることができる前夜祭の様子は、他の棋戦にはない特徴的なものです。会津は本当に華やかで楽しい場所であり、囲碁の試合だけでなく、地域の文化や伝統も感じることができます。毎回、会津に行けると決まった時は、本当に嬉しい気持ちになります。また、他の女流棋士たちとも交流できる貴重な機会でもあり、競技を通じてお互いに刺激し合い、成長することができます。このような環境が整っていることが、女流立葵杯の大きな魅力の一つです。これからもベスト4を目指して頑張り、会津での素晴らしい経験を重ねていきたいと思います。
ハンマー、縄跳びというワードを良く耳にするのですが
「上野」
「ハンマー」というニックネームは、NHK 杯というテレビ棋戦での解説の際に、張栩先生が私のことを「ハンマーを持って追いかけてくる」ような感じで紹介していただいたのがきっかけです。それ以来、ハンマーやハンマーパンチというあだ名が付けられました。このニックネームのおかげで、注目を集め、良い結果を出すことができるようになり、自然とそのように呼んでいただけるようになりました。また、対局日の朝のルーティンとして、縄跳びを777 回とんでリフレッシュしてから対局に挑むということを取材の際に話したところ、これも多くの人に取り上げていただきました。それ以来、毎回777 回連続で飛ぶことが私の日課となりました。このルーティンが、精神を整え、集中力を高めるのに非常に役立っています。これらの習慣やニックネームは、私自身のモチベーションを高めるだけでなく、周囲の期待にも応えられるようになったと感じています。囲碁の世界で戦う中で、こうしたルーティンやニックネームが自分を支え、成長させてくれる大切な要素となっています。
働きながらの子育て、一緒に行きたいと言いませんか
「向井」
そうですね。今は小学4 年生なのであまり言わなくなりました。もう少し小さい頃は、次の日からいないよって言うと泣いて泣いてしょうがない時期がありましたけど、今は少し落ち着きました。働きながら子育てをする中で、女流棋士という職業は非常に恵まれていると感じます。なぜかと言いますと、出産後の子育ては結構大変ですが、お休みしたいときには休むことができ、自分のタイミングで復帰できる環境が整っているからです。
子育て中、特に子どもが小さい時は囲碁の勉強がなかなかできず、成績が落ちてしまうこともありますが、それでも負けても他の大会で対局することができますし、その時にダメでも新しい目標を常に持ち続けられるところが良いと感じます。また、年齢に関係なく挑戦できる環境が整っているのも魅力です。私も今回挑戦者になることができましたが、30 代になってもそのような機会をいただけるのは非常に恵まれていると思います。囲碁棋士は素晴らしい職業だと思っています。

病院で働く多くの看護師たちに
「上野」
看護師さんは命を救ったり、人の生い立ちに関わったりする、とても大変なご職業ですし、常に気を張っていることが多いのではないかと想像します。だからこそ、気持ちが楽になることや楽しいことを見つけて、頑張ってほしいと思います。
囲碁もぜひ見てください。最近はYouTube でも私たちの姿が流れていますので、ぜひご覧ください。私たちの戦いを見て、勇気をもらっていただければ嬉しいです。
私も、囲碁をやっていて大変だなとか辛いなと思うことがありますが、その中には楽しいことや嬉しいこともたくさんあります。それは、看護師さんをはじめとする他の職業の方々にも共通することだと思います。何か楽しいことや嬉しいことを見つけて、頑張ってください。

「向井」
看護師さんや病院の関係者の方々は、命を預かるという重要なお仕事をされており、常に最善を尽くしていると思います。囲碁界も職種は違いますが、戦いにおいて最善を尽くしている点では共通しています。私たちも一局一局に全力を注ぎ、最高の結果を目指しています。
業種は異なりますが、目指すところは同じです。これからもお互いに最善を尽くしていきましょう。お互いの努力と情熱が、それぞれの分野で大きな成果を生み出すことを信じています。

最後に
女流立葵杯は、東北で唯一の女流棋戦であり、年々盛り上がりを見せています。準決勝前夜祭での着物姿による晴れ舞台は、女流立葵杯の大きな魅力の一つであり、前夜祭には全国から多くのファンが訪れ、ファンも年々増加して非常に楽しみにされている大会です。
また、近年では女流棋士たちが世界戦にも積極的に参加し、国際舞台での活躍が増えてきています。このような環境が、女性囲碁の認知度と競技力の向上につながり、囲碁界全体の発展に大きく貢献していると感じます。
女流立葵杯のタイトル経験者である藤沢里菜棋士や上野愛咲美棋士は、海外でも対等に戦えるレベルにあると耳にします。そこに新たな女流棋士たちが、この目標を持って囲碁界に参入することで、日本の囲碁界はますます盛り上がっていくことでしょう。対局の際、碁盤の前では女流棋士たちがギラギラとした真剣な表情を見せることもありますが、普段は非常に優しく、礼儀正しい姿が印象的です。今回の取材を通じて、彼女たちの人柄や、戦いに向けた考え方を理解することができました。今後の女流棋士たちのさらなる活躍に、ますます期待したいと思います。

上野 愛咲美 女流立葵杯
2001年10月26日生まれ、東京都出身
藤沢一就八段門下
2001年東京都生まれ。4歳で囲碁を始め、祖父の勧めと新宿の囲碁教室で学び、ご褒美や親しみやすい指導で囲碁への興味を深めた。2018年、16歳3ヶ月で女流棋聖戦史上最年少のタイトル獲得記録を樹立した。女流本因坊、女流名人、女流立葵杯、女流棋聖、扇興杯など5つの女流タイトルを獲得経験があり、グランドスラムを達成している。

向井 千瑛 六段
1987年12月24日生まれ、東京都出身
故本田幸子八段門下
1987年東京都生まれ。故本田幸子八段の門下生である向井千瑛6段は、特に戦略的な深さと革新的なアプローチで知られている。幼少期から囲碁の才能を示し、速やかにプロの階段を駆け上がった。2013年、第32期女流本因坊戦で初の大きなタイトルを獲得している。女流名人戦や女流棋聖戦、女流立葵杯など何度も本戦への出場経験があり挑戦者としても頭角を現している。


第12期会津中央病院・女流立葵杯

挑戦者決定戦
日時 2025年5月17日(土)・5月18日(日)
場所 会津東山温泉 今昔亭
挑戦棋士 藤沢里菜女流本因坊、上野梨紗女流棋聖、謝依旻七段、高雄茉莉二段
名称 第12期会津中央病院・女流立葵杯 挑戦者決定戦
主催 日本棋院
後援 毎日新聞社
協賛 一般財団法人 温知会
協力 関西棋院、福島民報社、日本棋院福島県支部連合会