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がん治療の未来

 

 会津中央病院は2022年にがん治療センターを建設し、先進的ながん治療の提供に努めています。この取り組みは、福島県立医科大学との連携により強化され、すべての人に最高水準のがん治療を提供することを目指しています。2024年3月14日、国際原子力機関(IAEA)のRays of Hope(IAEAが進める、途上国に対してのがん治療支援プロジェクト)に対し調印式が行われ、会津中央病院は、IAEAの取り組みに対して支援しております。

 本日は、放射線科の中野隆史先生とがん治療センターの柴田昌彦先生に、IAEA Rays of Hopeの取り組みやがん治療の未来についてお話を伺います。がん治療技術の進展、IAEAの活動ががん治療にどのように貢献しているか、そしてこれらの活動が地域社会や国際社会にどのような影響を与えているかについてのお話を伺いたいと思います。

聞き手 会津中央病院
成田 尚也

国際原子力機関 IAEAの取り組みについて

 中野先生は、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子医学・医療部門長 兼 放射線医学総合研究所長、量子生命・医学部門長を歴任し、IAEA RCAの日本政府代表、大学教授、各種団体の理事など、日本の放射線医学の第一人者として様々な分野でご活躍されております。この国際原子力機関 IAEAの取り組みについてご説明頂けますでしょうか。

[中野先生]

 IAEA(国際原子力機関)は、1957年に設立された国際機関で、原子力の平和的利用を促進し、核兵器を含む軍事目的への使用を防ぐことを目的としています。本部はオーストリアのウィーンにあり、核の安全確保、安全と保安、科学技術の3つの主要な柱の下で活動しています。IAEAは、核不拡散条約(NPT)に基づく核施設の検査を通じて核の平和利用を監視し、放射線から人々と環境を守るための安全基準を設け、がん治療や農業改善など平和的目的での核科学技術の応用を支援しています。

中野 隆史先生

IAEA Rays of Hopeの取り組みとは

 IAEA Rays of Hopeは、IAEAによる取り組みの一つで、がん治療における放射線技術の使用を促進し、特にリソースが限られている国々でのがんケアの質とアクセスを向上させることを目指しています。このプログラムは、放射線医学と核医学の分野での専門知識、設備、教育、訓練を提供することにより、がん診断と治療のキャパシティビルディングを支援します。
 がんは世界中で増加しており、特に開発途上国ではがんによる死亡率が高く、適切な治療へのアクセスが限られています。IAEA Rays of Hopeは、放射線技術を通じてこれらの課題に取り組み、世界中のがん患者への治療の質とアクセスを改善することを目的としています。この取り組みは、技術的な支援だけでなく、政策立案者や医療提供者に対する意識向上活動も含んでおり、放射線治療ががん患者の生存率と生活の質を向上させる上で重要な役割を果たすことを強調しています。

 日本や福島県においてもIAEAは福島第一原子力発電所の処理水問題において重要な役割を果たしています。この問題は、2011年の東日本大震災後に発生した福島第一原子力発電所事故によって生じた放射能を含む処理水の安全な管理と処分に関連し、特に、処理水に含まれるトリチウムという放射性物質が公衆および環境保護の観点から注目されています。日常生活で遭遇するレベルのトリチウム曝露は、一般的に健康に対して無害であると考えられています。IAEAは、放射性物質の安全な管理に関する国際的な基準とガイドラインを提供し、技術支援、独立したレビューとモニタリング、国際社会と情報を共有(公開)することで、公衆の懸念を軽減し、信頼を構築することを目指しています。

がん治療センターの特徴は

 柴田先生は、2020年に福島医科大学に地域包括的癌診療研究講座を立ち上げ、会津地域における包括的な癌検診、診断、治療の実践と研究を行い、2022年に会津中央病院内にがん治療センターを立ち上げました。特徴について教えてください

柴田 昌彦先生

[柴田先生]

 私たちは会津地域におけるがん治療の今後の対応策について考えています。会津地域は山間部が多く、特に冬期には交通が困難になる地域があり、病院へのアクセスが難しくなることがあります。このような状況を踏まえて、検診、診断、治療、そして緩和ケアに至るまでの全てのサービスを、一つの施設でシームレスに提供できる組織の必要性に至りました。この目標を達成するために、がん治療センターを設立し地域住民のがんに関する包括的なサポートを提供し、がんの早期発見、効果的な治療、そして患者のQOLの向上に寄与したいと思っています。

 がん治療センターが開設されてから今年の7月で2年が経過しますが、この2年間を振り返ると、新しい建物や治療装置の導入だけでなく、スタッフの教育や地域社会への啓発活動など、多岐にわたる取り組みを行ってきました。さらに、中野先生がご加入されたことでIMRT(強度変調放射線治療)が可能になり、放射線科の努力により、大きな進歩を遂げることができました。放射線治療の分野においては、装置の導入だけでなく治療の質を保証することの重要性を重く感じています。特に治療計画に関しては、福島医科大学の放射線科と協力しながら、最適な治療方法の治療計画を遠隔システムで検討し実施していただいております。治療の質は単に数に表れるものではないですが、実際に質が向上していると感じています。これこそが、私たちが最も強調すべき点だと思います。

 また、他の病院で治療を受けている患者さんから、治療の続きを会津中央病院で行いたいという相談が増えています。これは、がんそのものや治療による副作用、合併症、後遺症を軽減するための予防や治療、ケア(指示療法)を求める患者さんが多いためと思われます。化学療法に伴う副作用には脱毛や吐き気、爪の問題、皮膚の炎症、発疹などがあり、患者さんは大変な苦労をされています。

 脱毛に関しては、福島県で数台しかない頭皮冷却装置を導入し、特に乳がんの患者さんに利用していただいています。また、アビラアピアランスケアという美容室でのサポートも提供しています。当院の美容室にはスタッフが常駐し、治療室まで出向いてウィッグの相談など、患者さんの様々な要望に対応しています。開院以来、患者さんの数は確実に増加しています。

 会津中央病院の放射線治療について

[中野先生]

 会津中央病院での放射線治療は、IMRT(強度変調放射線治療)という、放射線を四方八方からビームをコントロールし腫瘍の形に合うように照射し、がん細胞をピンポイントで狙うことができる最先端の治療が可能です。周囲の正常組織への影響を最小限に抑え、従来の放射線治療に比べて放射線の精度が大幅に向上しています。
 結果として、局所的ながんがより効果的に治療され、副作用のリスクが著しく減少しました。また、放射線の集中性が向上したことで、治療に必要な照射回数を減らすことが可能になり、従来は1週間に5回、4〜8週での照射が原則であったのが、線量の集中性が良いですから、1週間に4回、4〜8週で治療が完了することも出来るようにもなってきました。

Varian社 True Beam

 この治療は病気の種類や腫瘍の大きさ、照射範囲によって異なるため、すべてのケースで同様の効果が得られるわけではありませんが、それでも、IMRTは以前の治療法に比べて進歩が著しく、患者さんにとって大きなメリットをもたらしていると言えます。照射による副作用が少ないですから、通院による治療が主流になってきました。

[柴田先生]

 がん対策基本法の制定以降、がん治療は大きな変革を遂げています。特に外来治療の定着は、患者の生活の質(QOL)の向上に大きく寄与しています。放射線治療や化学療法の技術が進歩し、より効果的で副作用の少ない治療が可能になったことが背景にあります。加えて、医療機関側も通院での治療体制を強化し、外来で完結する治療プログラムを提供するようになりました。これにより、患者さんは病院に長期間滞在することなく、自宅での時間を大切にしながら治療を受けることが可能になりました。この方針は、がん患者の社会生活への早期復帰を促し、精神的な負担の軽減にも繋がっています。がん治療の進歩は、医療技術だけでなく、患者さん一人ひとりの生活の質を重視したアプローチが強化されていることを示しており、これからもがん治療の発展が期待されます。

これらの放射線治療や化学療法はどのように変革について

会津中央病院 がん治療センター

[中野先生]

 これからの放射線治療は重粒子線とか新しい技術が増えてきています。重粒子線治療は、がん細胞を破壊するために高エネルギーの重い粒子(炭素イオンなど)を使用する先進的な放射線治療です。この治療は、X線やガンマ線を使用する従来の放射線治療と異なり、重粒子線はその質量が大きいため、がん細胞に対してより集中的かつ正確にエネルギーを届けることができます。

 重粒子線治療のメカニズムは、加速器で速度を増した重粒子線をがん組織に照射し、そのDNAを直接破壊することでがん細胞を死滅させます。重粒子線はブラッグピークという現象により、ビームの最終到達段階でエネルギーを集中的に放出するため、正常組織への損傷を最小限に抑えつつ、がん細胞には最大限のダメージを与えることができます。

 X線の場合、体の表面近くでその効果が最大となり、エネルギーを与えながら体を通り抜けますが、一方、粒子線は、体内では一定の深さ以上には進まず、がん病巣のある深さにおいてもっとも強く作用するため、X線に比べてがん病巣に高い放射線量を集中させることが容易となります。加速度的にもスピードが落ちて最後はストンと落ちるので、このピークになる深さをがん病巣の位置に合わせることで、がんだけを集中的に狙いうちすることができ、体の深いところにあるがんにも治療効果が期待できます。

 重粒子線治療は、がん細胞を高精度で狙い撃ちする先進的な治療法ですが、まだまだ日本での導入台数は全国で7台と限られており、主にコストと保険診療の枠組みがその背景にあります。治療装置の導入と運用には莫大な費用がかかり、すべての患者がアクセスできる状態ではありません。保険診療における適用範囲も限定的で、患者の自己負担額が高くなる場合があります。コスト削減と保険適用の拡大が求められ、これからの治療分野であるのかと考えます。

 

[柴田先生]

 化学療法の分野においては、免疫チェックポイント阻害薬が、がん治療の分野で注目されている新しいアプローチです。この治療法は、特にPD-1、PD-L1というタンパク質を対象としています。PD-1は、がん細胞が免疫システムの攻撃から逃れるために使用する分子です。人間の免疫システムは、病原体や異物、そしてがん細胞を識別して排除するための複雑な防御システムを持っています。このシステムの中で、樹状細胞が重要な役割を担っています。樹状細胞はがん抗原を捕食し、処理した後、成熟して他の免疫細胞に対してがん抗原を提示します。これにより、免疫応答が誘発され、がん細胞を攻撃して死滅させることができます。

[中野先生]

 前立腺癌で本当かと思ったのですけれども、最近の医学研究によると、前立腺癌の治療法として、手術、X線放射線治療、そして重粒子線治療の有効性が比較されました。10年間の追跡調査の結果、重粒子線治療を受けた患者群では、手術を受けた群と比較してがんの再発抑制率が高いことが明らかになり、この結果は医学雑誌「ランセット」に掲載されました。また、重粒子線治療では、2次発がんのリスクが手術と同程度であることも報告されています。さらに、放射線治療ががん抗原を引き出し、がん免疫の出現を促す可能性が指摘されています。この点に関しては、放射線治療と免疫チェックポイント阻害剤の併用による治療効果の高さについても研究が進んでいます。

[柴田先生]

 放射線治療と免疫療法を説明すると、CD8+ T細胞は、がん細胞と戦うために「槍を持った兵隊」に例えられます。これらの細胞は、体内でがん細胞を攻撃し、破壊する役割を果たします。その指揮を執っているのは樹状細胞です。樹状細胞は、がん抗原を捕食し、自身の核内でがん抗原を処理して、成熟化します。成熟すると、樹状細胞は足を伸ばし、その足に抗原を提示します。このプロセスにより、CD8+ T細胞などの免疫細胞ががん抗原を認識し、がん細胞に対して効果的に反応することが出来るようになります。
 現在、認識されているがん抗原は、ネオアンチゲンとして評価されています。ネオアンチゲンは、がん細胞の変異によって生じる、正常な体細胞には存在しない新たな抗原なのですが、ネオアンチゲンをターゲットとしたワクチンや、T細胞をネオアンチゲンに特異的に反応するように設計する治療法などが、今、研究されています。これらのアプローチは、がん治療における個別化医療の進展に寄与し、効果的かつ副作用の少ない治療法の開発に繋がることが期待されています。

[中野先生]

 他にも放射線照射ががん免疫を強化することに関する実験結果が示されています。化学療法と重粒子線治療を組み合わせることにより、より効果的ながん治療が期待されています。重粒子線治療は、その精密な線量が入りキレが良いので、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えることができ、副作用が少ないという利点があります。放射線療法と免疫療法はそれぞれの相乗効果により、がん治療の新たな地平を開く可能性を秘めています。

[柴田先生]

 中野先生のご説明は、アブスコパル効果とも言われます。ラテン語の「遠く(アブ)」と、古代ギリシア語の「狙いをつける(スコパル)」という意味の言葉に由来します。放射線治療を受けたがん細胞のみならず、治療されていない体内の遠隔部にあるがん細胞にも効果が現れる現象を指します。この現象は、放射線が局所的にがん細胞を破壊することにより、体の免疫応答が全身的に活性化され、治療対象外のがん細胞まで攻撃されることによって起こります。具体的には、放射線によって破壊されたがん細胞からがん抗原が放出され、これが免疫システムを刺激します。その結果、免疫細胞が活性化され、体内の他のがん細胞を識別して攻撃する能力が向上します。アブスコパル効果は、がん治療の新たな可能性を示しています。

[成田]

 がん治療の分野は、日々進化し続けており、新たな治療法の開発や既存治療法の改善や研究によって、大きな進展を遂げています。この進展は、患者さんにとっても希望の光「Rays of Hope」となっており、最新の治療情報を正しく理解し、積極的に治療選択に関わることがますます重要になっています。

 患者さん自身が正しい情報を得ることで、自分にとって最適な治療法を選択する手助けとなります。また、医療従事者との開かれたコミュニケーションは、患者さんの疑問や不安を解消し、共に治療方針を決定する過程で不可欠です。患者さんと医療従事者が一丸となって情報を共有し、協力することで、より効果的で患者さんに合った治療が実現するでしょう。治療の選択は患者さん一人ひとりによって異なりますが、正しい知識と信頼できるパートナーシップがあれば、最適な道を見つけ出すことができます。「一緒に前進しましょう」この言葉で、対談をまとめたいと思います。

会津中央病院 AGIO内にて

ご紹介

MASAHIKO SHIBATA

会津中央病院 がん治療センター 柴田 昌彦 先生
 1981年日本大学医学部卒業、1985年に同大学院を卒業して以来、30年以上にわたって専ら一般外科及び消化器癌の診療に携ってきた。日本大学第一外科と米国留学で様々な手術をはじめとする癌の治療とその研究を行い、福島県立医科大学においては、胃癌・大腸癌を主体とする消化器癌の抗癌剤治療や癌免疫療法の実務、研究、開発に従事している。現在は、福島県立医科大学消化管外科講座教授、2020年には、福島県立医科大学内に地域包括的癌診療研究講座を立ち上げ、会津地域における包括的な癌検診、診断、治療の実践と研究を行い、2022年に会津中央病院内に「がん治療センター」を立ち上げ地域の医療システムを構築している。


TAKASHI NAKANO

会津中央病院 放射線科 中野 隆史 先生
 1979年群馬大学医学部卒業、1983年同大学大学院医学系研究科放射線医学専攻修了。群馬大学医学部放射線医学教室、放射線医学総合研究所勤務を経て、2000年群馬大学医学部放射線医学教室教授に就任。その後、2009年群馬大学重粒子線医学研究センター長、2018年群馬大学副学長、2019年国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子医学・医療部門長 兼 放射線医学総合研究所長、量子生命・医学部門長を歴任してきた。現在は、会津中央病院 放射線科のほか、福島県立医科大学教授、群馬大学特別教授、名誉教授、IAEA RCA政府代表、量子科学技術研究開発機構アソシエイト日本学術会議連携会員など様々な分野でご活躍されている。