病理診断科について 会津中央病院 病理部 日下部 崇
病理診断科について
はじめに
皆さんは、病院の診療科の中に「病理診断科」という部門があることをご存じですか?「病理診断科」は「内科」や「外科」と同様に医療法にて標榜が認可されている「診療科」の一つです。「病理診断科」では「病理診断医」が診療を行っていますが、病理診断医の「診療」を受けたことがある方はいらっしゃらないのではないでしょうか。今回、病理診断科のご紹介と、病理診断科を標榜する病院を受診するメリットについても併せてご案内したいと思います。
1.病理診断科とは?
病理診断科では病理診断を行う病理診断医と、標本作製や細胞検査を行う臨床検査技師が働いています。来院された患者さんが先ず対面するのが外科や内科などの「臨床医」であり、臨床医に症状を訴えます。臨床医が病理検査(組織検査あるいは細胞検査)が必要と判断すると、患者さんの病変部から組織あるいは細胞を採取して、その検体が病理診断科に提出されます。病理診断科では病理標本の作製と病理診断(組織診断あるいは細胞診断)を行い、その結果を臨床医に報告します。臨床医が病理診断結果を患者さんに説明し、治療方針を決定します。このように通常診療において病理診断医が患者さんと直接お会いすることはありません。病理診断医、病理診断科は医療の「黒衣」、と称されることもあります。
2.病理検査とは?
病理検査は「組織検査」と「細胞検査」に大別されます。「組織検査」は細胞の形(木)と細胞(木)が造り出す全体像(森)を顕微鏡で観察し、異常所見の有無や良悪性を判断し、これが疾患の確定診断(最終診断)になります。
細胞検査は個々の細胞の形(木)から病変の有無や良悪性を判定し、主に補助診断に活用されますが、時に細胞診断が確定診断として活用されることもあります。
3.がん診療における病理診断科の役割
1) 確定診断( 最終診断)
がん診療において最も重要な役割は正確な病理診断です。HE 染色 ( ヘマトキシリン・エオジン染色) と呼ばれる技法で組織を色付けしたガラススライドを顕微鏡で観察し診断を下します。HE 染色では細胞の核が紫色、細胞質がピンク色に染色されます。ただ、HE 染色のみでは確定診断が難しいことが多々あります。
例えばA とB は全く異なる腫瘍ですが、HE 染色では組織の形が非常に似通っていて区別ができません。そこで近年補助診断法として広く活用されている免疫染色という技法を用いると、A とB を明確に区別し、正確な病理診断を下すことができます。
免疫染色は各々の腫瘍に特徴的(時に特異的)なタンパクに対する抗体(免疫グロブリン)を用いて、ガラススライド上でそのタンパクを可視化する、という技法です。A は平滑筋腫(良性腫瘍)で、免疫染色に用いた抗体は抗desmin 抗体、B は消化管間質腫瘍(悪性腫瘍)で、用いた抗体は抗DOG-1 抗体です。茶色く染色されているのが可視化されたタンパクです。
2) 術中迅速診断
術中迅速診断とは、文字通り手術の最中に行われる病理診断です。術中、手術が終わる前に病理診断を行う最大の目的は「適切な術式と手術範囲の決定」です。当院では年間200 件以上の術中迅速診断を行っています。術中迅速診断の体制が整った病院で手術を受けるメリットについて実例を挙げてご紹介します。
術中の乳がんセンチネルリンパ節生検
センチネルリンパ節とは、がんの主病巣から遊離したがん細胞が最初にたどり着くリンパ節のことで、センチネルリンパ節に転移がなければ、その下流にある腋窩( 腋の下) リンパ節に転移は無いと判断されます。手術中にセンチネルリンパ節に転移しているかどうかを調べて、もし転移がなければ腋窩リンパ節郭清( 切除) を省略し、郭清による後遺症( 上肢リンパ浮腫など) を回避することができます。
術中の肺腫瘍の組織診断
CT 検査やレントゲン検査で見つかった肺の腫瘤に対して手術が行われる際、手術前に各種検査を行っても良性腫瘍なのか悪性腫瘍( がん) なのか判断ができない場合があります。腫瘍が悪性であれば肺を大きく切除する必要がありますが、良性であれば腫瘍部分だけの縮小切除で済みます。手術中に病理診断を行い、良悪性を判定することで適切な手術範囲を決定することができます。
術中の胃がん切除断端の組織診断
胃がんに対して幽門側切除術( 胃の下半分の切除)が行われる際、切り取った胃の端(切除断端)にがんが残っているかどうか手術中に病理診断を行います。がんが残っていた場合、切除範囲を拡大し、癌の取り残しを防ぐことができます。
3) がん遺伝子検査
肺がん、大腸がん、胃がん、乳がんなど一部のがんでは標準治療として、がんの組織を用いて1 つ、またはいくつかの遺伝子を調べる「がん遺伝子検査」を行い、遺伝子の変化に基づく最適な薬を選択する治療が行われています(個別化治療)。
この「がん遺伝子検査」に使用されるのが手術あるいは内視鏡検査などで採取された病理検査のための組織検体です。病理診断科では、がんの診断が確定した後に遺伝子検査に最適な病変部位を厳選し、主治医の判断のもとで「がん遺伝子検査」を行っています。また、がん細胞に含まれる遺伝子(DNA、RNA)を良好な状態に保つため組織検体の取扱いには様々な規程が設けられていますが、当院病理診断科ではゲノム診療用病理組織検体取扱い規定に則り適切に検体を処理、管理しています。
~最後に~
当院病理診断科では、病理診断医1名、臨床検査技師3名(うち2 名は細胞検査士資格保持者)で業務を行っております。小所帯で地味な診療科ではありますが、質の高い病理標本の作製が精度の高い病理診断の土台となり、正確な病理診断が適切な治療方針の根拠となり、ひいては受診される患者さんの幸福に繋がると信じて日々診療に取り組んでいます。