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会津から、救急の未来を変えていく 「第6回会津メディカルラリー」

 2011年、3月11日。14時46分。宮城県沖を震源とするマグニチュード9.0の超巨大地震が発生した。福島県内でも震度六強を計測。地震後の超巨大津波に、それによる福島原発の崩壊。炉心融解。日本が経験したことのない、まさに前代未聞の大災害であった。その渦中で、比較的被害が少なく原発からも離れていた当院は、災害拠点病院、並びに3次救急が可能な救命救急センターを持つ病院として、大きな役割を担うこととなった。

東日本大震災が生んだ会津メディカルラリー

 震災時。大規模な災害の中で、救急医療のあり方が試された。寸断された道路。倒壊した建物。瓦礫で覆われた市街地。重症患者には刻一刻とタイムリミットが迫っている。劣悪な環境。少ない物資。限られた時間。災害時の救急医療の現場とは、そういったものであった。

 会津中央病院の災害派遣医療チーム、通称DMAT。東日本大震災時も、彼らは被災地に駆けつけ対応に迫られることとなった。そこで浮き彫りとなった課題の数々。そこで得た教訓を、学んだ知識を、次にどのように活かしていくか。継承していくか。その試みの一つが「会津メディカルラリー」である。

「勝負」こそが技術を養う

 メディカルラリーとは救急現場を想定して行われる実践的な訓練だ。しかしただの訓練ではなく、そこに「競技性」が組み込まれているのがメディカルラリーの妙である。訓練だが、競技である以上勝ち負けを競う。勝ち負けがあるからこそ、その練習にも熱が入る。勝利を求めて努力するからこそ、技術が身につく。DMAT隊員としての意地。病院を代表することの使命感。そうした様々な要素の複合体がメディカルラリーだ。

 日本でのメディカルラリーの歴史はまだ浅い。最初に開催されてからおよそ20年。しかし東日本大震災という大災害をきっかけに、その試みは日本全国に広がっている。今回で六回目となる会津メディカルラリーもまた、そうした全国的な試みの一つなのだ。

 救急医療=チーム

 メディカルラリーは災害時を含めた救急医療の現場で必要となる力を身に着け、確認する場だ。そこで求められているのは、なによりもまず救急対応の技術を高めることである。

 しかしそれだけではない。DMATには異なる部門の様々なプロフェッショナルが所属している。医師、看護師、救急隊員。彼らはみな、普段はそれぞれの場所で仕事をしている。そうした所属の違う者たちが集まり、顔を合わせ交流し、連携しやすい関係を作ることもまた、メディカルラリーの重要な意義の一つである。救急医療の質を高めるためには、そうした部門間の連携レベルを引き上げていくことが不可欠なのだ。

 救急医療は技術がすべてではない。そこで動き働くのは人間だ。しかも一人ではなく、複数人。救急医療は単に個人の技術の足し算ではない。何人もの力をかけ合わせて作り上げる、チームとしての力なのである。

命を守るその現場

そうして集まった各部門のプロフェッショナルたちが、救急現場で何をしているのか。

 救急では、何よりもまず重要なのは「迅速な判断」である。症状や傷の状態などから、どういった処置が必要かを迅速かつ的確に判断する。救急はとにかく時間との戦いだ。

 しかし現場は大病院の中のように設備が整っているわけではない。悠長に他の医師の意見を聞いていたり、話し合っている時間はない。どこまでも「今ここ」にいる人間が、その場で判断しなければならない。速度と正確さ。それが患者の命を左右する。それは日常の中でそう簡単には身につくものではない。だからこそメディカルラリーがあり、そのための練習がある。実践形式の練習と競技。それが速度と正確性という救急現場の判断力を下支えしている

 判断が済めば、次にやってくるのが「初動対応」だ。いくら判断が的確であろうと、その後の対応が的確でなければ助かる命も助からない。ここでもまた、速度と正確性。常に速度と正しさが求められ続ける。そうした緊迫した現場。そういった中で確かなパフォーマンスを発揮するために必要なのもまた、やはり練習である。ここでもまたメディカルラリーが活きてくる。

 メディカルラリーはいわば大会本番。競技である以上、実際の救急現場を想定したルールがある。時間制限と正確性を図る点数。いかなる状況でも対応できるように作られた様々なシナリオ。そうした中での練習の繰り返し。日常的な実践形式の練習は、そのまま救急医療の現場に活きてくる。

 これは前述した「多職種・他機関の連携」という点でも同じだ。いくら個々人はプロとはいえ、普段一緒に働いていない者がその場でいきなり集まってもその力を十二分には発揮できない。救急医療とはどこまでも「チーム戦」なのである。そしてそのチーム力を高め、実際に発揮できる場もまた、メディカルラリーなのだ。

真の「本番」は現場にある

 こうしたメディカルラリーの実践が活かされたのが、記憶に新しい2024年の能登半島地震だ。当院のDMATは地震発生後すぐに被災地へと駆けつけた。東日本大震災とはいくらか異なる災害現場でも、当院のDMATは迅速な判断と的確な対応で多くの人を救うことに成功した。その成功の裏には、メディカルラリーと日々の練習があった。

 メディカルラリーは競技であり、複数の様々なシナリオ、コースをクリアしなければならない。救急現場には決まった形など存在しない。場所、時間、状況、患者。すべては多様に変化する。必要なのはいかなる状況にも対応できる応用力。その礎となる経験。それらを培ったのが、メディカルラリーであった。

記憶ではなく、行動と備えへ

  2025年で6回目の開催となった会津メディカルラリー。当院だけではなく、全国各地から様々な病院が参加し競い合った。そこで得た経験は、今後も各地で生かされる。災害時だけではなく、様々な救急現場で。そして各地の病院で。

 東日本大震災という前代未聞の大災害に遭った福島県。その中でも、被災地から離れ、放射線の影響も少ない災害拠点病院として重要な役割を担った会津中央病院。それらを経験した当院にとって、会津メディカルラリーの開催は一つの責務である。震災を経験したものだからこそわかる災害時の救急医療の知識と技術を、発展させ継承していく。単なる記憶ではなく、より実践的な行動と備えとして