看護師に聞く 第1回「救命に携わる者としての使命」
救命救急看護の道を究める――
「看護師」という仕事は、過酷な仕事というイメージが強いかと思いますが、
その一方で「将来なりたい職業ランキング(※)」では
小学生から高校生まで毎年上位にランクインしているほど、
多くの人が一度は憧れる仕事です。
会津中央病院には、憧れを叶え看護師の道を歩んでからも、
その歩みを止めずに理想の姿をストイックに追い続ける看護師が大勢います。
渡部看護師も、その一人。
これは、救命看護一筋に道を究めようと日々歩み続ける彼女のストーリー。
冷静な判断力と温かい心で患者様に接し、次世代の人材を育てる
渡部看護師の心の中を見せてもらいました。
「看護師」という仕事は、
過酷な仕事というイメージが強いかと思いますが、
その一方で「将来なりたい職業ランキング(※)」では
小学生から高校生まで
毎年上位にランクインしているほど、
多くの人が一度は憧れる仕事です。
会津中央病院には、
憧れを叶え看護師の道を歩んでからも、
その歩みを止めずに理想の姿を
ストイックに追い続ける看護師が大勢います。
渡部看護師も、その一人。
これは、救命看護一筋に道を究めようと日々歩み続ける
彼女のストーリー。
冷静な判断力と温かい心で患者様に接し、
次世代の人材を育てる
渡部看護師の心の中を見せてもらいました。
最初は憧れから始まった看護師への道。
看護師になろうと思ったキッカケは、中学生のとき。自宅の前にドクターカーが止まり、そこでテキパキと動く看護師さんを見た時に「カッコいい!」と思ったんです。そんな純粋な憧れから始まった看護の道ですが、入職以来救命看護一筋に走ってきました。
会津中央病院は、脳卒中や心筋梗塞、重篤な外傷など生命に関わる患者様を、24時間365日受け入れる救命救急医療体制を備えた会津地域唯一の医療機関です。私はこの救命救急センターで看護部門全体をまとめる責任者として、また救命分野の認定看護師として、日々看護の仕事に向き合っています。

「このままで終わりたくない」その思いで更なる挑戦を決意

「認定看護師」とは、特定の分野で高い専門性を身に付けた看護師のこと。認定看護師になるには、高い倍率をくぐり抜けて専門の教育機関に入って学ぶ必要があります。
私がこの認定看護師の資格を取ったのは10年ほど前。高い専門性を身に付けて周囲を指導する立場になるので、自分にできるのか自信が持てず、当時の上司や医師たちに「挑戦してみたら?」と言われても、なかなか踏み出せずにいました。
でも、後輩の目線で考えてみると、心から尊敬できる人から仕事を教えてもらいたいですよね。そんな人になるには、専門性を高めて成長し続けないと。止まっていてはいけないと思い、認定看護師を目指すことを決意しました。
今では部下を多く抱える立場になり、患者様やそのご家族と看護師の責任者として接することもある中で、専門的に学んだということが自分にとっての自信にもなっています。
救命に携わる看護師としての使命
救命の仕事で乗り越えないといけないことの一つが、死と向き合うこと。今までの新人看護師の中には乗り越えられられなかった子も。私もベテランと呼ばれ始める年次になったときに、この壁に突き当たることになりました。
ある日、父が心肺停止の状態で搬送されてきたんです。今でもたまにその日のことを思い出してしまうくらい、大きな出来事でしたね。
父は残念ながら助からなかったのですが、救急隊や救命の医師が全力を尽くして助けようとする姿を家族の立場から見て、こんなにも必死になってくれるのが嬉しかったのを覚えています。彼らが全力を尽くす姿は毎日見ていますが、それが患者家族からするとこんなにも頼もしいものなのだと。


それ以来、患者様の家族の気持ちが分かり、自分の中で看護に対する考えも一層深くなりました。私たちが日々向き合う命の瀬戸際にいる患者様には、心配して祈っているご家族がいる…。痛いくらいにそのご家族の気持ちが分かるだけに、助かってほしいと思う気持ちがより一層強くなりました。
ほかの職員でも、家族や知り合いが搬送されてきた者も多く、中にはそれが辛い経験として心に残ってしまった者もいます。でも、患者様のご家族も同じ思いをしながら私たちの治療が終わるのを待っている。それを心に刻み、私たちはその悲しみ、辛さを乗り越え今日も命と向き合うのです。
DMATの一員として経験した東日本大震災

DMATは災害が発生した直後に被災地へ駆けつけ、救急医療を行う専門チームです。私は東日本大震災のときにこのDMATの一員として発生から数時間で南相馬へと向かいました。
この時には、まだ原発事故が起こるなんて想像もしていませんでした。津波被害も詳しく伝わってきていない中での出発でしたが、冷静な気持ちでしたね。DMATの研修では、何が起こるか分からない中で活動をする心構えを徹底的に叩き込まれていました。もしかすると自分たちも無事では済まないかもしれないという覚悟も持つように。誰も経験したことのない規模の大災害にも関わらず、冷静に医療活動ができたのは、やっぱり日々の訓練の積み重ねの結果なんですよね。
必死の医療活動ではありましたが、一方で学びも多くありました。搬送対応を行った病院では、災害に対する備えが完璧。患者さんが病院内に入りきらず、外にまで寝てもらうような状況でしたが、大きな混乱もなく私たちも目の前の患者さんの対応に集中することができました。
自然災害の多い日本で、またいつ大きな災害に遭うか誰にも分かりません。いざという時には全国からDMATの仲間が駆けつけてくれる心強さがありますが、その力を出し切ってもらうには受け入れる病院自体の備えが重要です。当院は万が一の時に地域の救命医療の拠点になりうる病院。地域の人たちの命を守る自覚と責任を持って物資の備えや訓練を行わなくてはいけません。
より実戦に近い形での災害訓練も行うようになりました。各参加者がそれぞれに課題を見つけ、本当に必要な力を付けるよう皆が日々努力をしています。看護師の立場で未曾有の大災害を経験したからこそ、いざという時に誰もが全力を尽くせるよう教育に力を入れています。
今後の看護師のあり方を見つめる
少子化が進むなかでいかに看護師の人数を確保し、質の高い看護ができる人材を育成できるかが、今後の大きな課題だと感じています。働く環境整備など院内の仕組みの見直しなども進めている一方で、私自身が看護師として患者様から安心して頼ってもらえる存在となることで、若手看護師たちの手本になって全体のモチベーションを上げていきたいですね。
救命救急センターで働いていると、重大な怪我や病気で搬送されてきた方が回復し、元気になった姿を見せに来てくださることも多くあります。大怪我で搬送されてきた小さなお子さんが、後日元気に遊びに来てくれたときは本当に嬉しかった。こういう喜びがあるから、この仕事が好きなんです。
中学生のときに憧れた、あの看護師さんの姿に少しでも近づけたかな…と振り返ることも。憧れだけでは済まない世界ですが、あの日の出会いがなければ看護師として父を見送ることも、災害現場の最前線で動くことも、今こうして信頼できる仲間と笑顔で支えあうこともありませんでした。
これからも患者様やそのご家族、一緒に働く仲間たちのことを思いながら、救命の仕事に邁進していきます。

※第一生命『大人になったらなりたいもの』アンケート(2021年~2026年)より
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