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大腸癌治療の現状と、今後の治療展望

 

会津中央病院 外科 矢澤 貴 


大腸癌領域は、現在非常に注目されている分野です。化学療法では新規薬剤や新しい治療レジメン、手術領域ではロボット手術の導入などにより、大腸癌治療の質が向上し、患者さんの予後も大きく改善しています。大腸癌治療の現状について、ひとつひとつ見ていきたいと思います。

― 化学療法について

 まず化学療法ですが、2 年前のアメリカ臨床腫瘍学会で発表された臨床研究のデータでは、切除不能進行・再発大腸癌の全生存率の中央値が既に36 ヶ月をこえています。

 つまり、抗癌剤治療を頑張れば、3 年以上生きることが期待できるということです。私が医者になった20 年ほど前には、同じような患者さんに対して、「何もしなければ3~6 ヶ月の予後、抗癌剤治療を行って、1 年を目指しましょう」という説明をしていた頃に比べると、飛躍的に予後が伸びています。

 これは抗癌剤の進歩によることが最も大きいと言えます。2000 年代に入ってから、新規抗癌剤や新規レジメンが次々と臨床導入され、それとともに患者さんの生存率も上がってきています。さらに近年では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤と言った、今までの抗癌剤とはやや作用機序の異なる新規薬剤も出現し、さらにこれらを組み合わせることで、さらに強力なレジメンとなり効果を上げています。

 さらには、大腸癌治療ガイドラインに沿って治療を行う事で、腫瘍の位置や遺伝子型に沿って、治療レジメンを決定し、決まったスケジュールに従ってサーベイランスを行う事で、日本中どこにいても標準治療を受けることができます。こうして地域差や病院格差を少なくすることで、治療成績が安定し、向上することで患者さんの予後の改善に貢献しています。

レジメンとは、がん治療において使用される抗がん剤の投与計画を指します。使用する薬剤の種類、投与量、投与間隔、治療サイクルの期間などを包括的に規定したものです。レジメンは、エビデンス(科学的根拠)に基づき、治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えることを目的としています。

―手術療法の進化

 大腸癌手術は開腹から腹腔鏡、近年ではロボット支援手術といったように低侵襲手術が比較的早くから発達してきました。かつて開腹が主流だった頃には、拡大郭清なども行われていましたが、合併症が多かったり、予後の改善に寄与しない事が示されたりして、消化器外科領域の中では比較的早くから低侵襲手術の方向へ舵を切ったのです。これは術後の抗癌剤治療などが発達したことで、トラブルなく手術を乗り切って、抗癌剤治療につないだ方が、予後が改善するようになったからです。現在では、大腸手術は多くが腹腔鏡で行われており、特に直腸ではほとんど全てで腹腔鏡が選択されます。

 腹腔鏡手術の利点として、拡大視が可能で、骨盤など狭いところでも視野が確保しやすいこと、出血量が少ないこと、腸管の大気への暴露を軽減することで乾燥を防ぎ、腸管へのダメージを軽減できることです。また、傷も小さいため、開腹術に比べると術後の疼痛も軽減します。これらにより術後の回復も早まり、早期退院が期待できます。

会津中央病院でのロボット手術は、米国インテュイティブ・サージカル社が開発した手術支
援ロボット「ダヴィンチ」を用いた低侵襲手術をおこなっています。このシステムは、医師
がコンソールからロボットアームを遠隔操作し、精密な手術を行うことを可能にします。

― ロボット支援手術

 近年、ロボット支援手術が急速に普及しており、保険適応の拡大に伴い、その普及はさらに勢いを増しています。ロボット手術の利点は、手ぶれがないこと、安定した3D 視野で、多関節運動が可能なこと、そしてモーションスケーリング(大きな動きを小さな動きに変換する技術)により、細かな作業が容易に行える点です。

 ロボット手術は自分の手が直接術野に入っているかの様に、直感的な操作ができます。それによって、誰にでも容易に難しい操作も行えるようになることで、手術の質が均てん化することが期待されます。狭い骨盤に囲まれて、術野が制限される直腸手術では、安定した視野のもと、手ぶれや鉗子同士の干渉がなく直感的な操作が可能なロボット手術が非常に役に立ちます。術者の疲労を軽減し、手術の質を向上させることで、肛門温存率の向上や予後の改善にもつながる可能性が期待されます。


Total Neoadjuvant Therapy(TNT)(トータル・ネオアジュバント療法)


TNT・トータル・ネオアジュバント療法は、主に進行した直腸がんなどのがん治療において用いられる治療戦略の一つです。この治療法は、手術前(術前)に放射線療法と化学療法を組み合わせて行い、がんを縮小させることを目的としています。

直腸癌治療の難しさは、狭い骨盤のトンネル(術野)の中で、十分なマージンを確保しつつ、肛門を温存して、かつ局所(骨盤内)再発と遠隔転移を減らせるかということです。

 手術そのものは先に述べた様に、この分野は比較的ロボット手術が得意なところになります。局所再発を抑えるという点では、日本は以前から側方郭清( 骨盤内リンパ節郭清) を行う事で、局所再発を抑えてきました。

 欧米ではもともと術前に放射線化学療法を行ってから手術を行うことで局所再発を抑えてきました。術後はどちらも補助化学療法を行うことで遠隔転移を抑えようとしてきました。

 近年、欧米では術前に放射線治療と強力な化学療法を組み合わせて行ってしまうTotal NeoadjuvantTherapy が注目されています。

 術前の体がまだ元気なうちに、遠隔転移を抑制する目的で強力な化学療法を行っておいて、局所再発抑制のために放射線化学療法を行った上で、手術に臨むといったものです。この治療法により、局所再発や遠隔転移を抑制しうる事が示されました。さらには30%弱ほどの完全寛解(癌が消えてなくなってしまうこと)が期待できることも示されています。今、欧米では完全寛解が得られた患者は、手術を行わず経過観察をする「Nonoperative management」が行われつつあります。

当然、手術をしないので肛門温存も可能ですし、肛門機能低下も来しません。究極の「臓器温存」治療と言えるかもしれません。日本でもガイドラインに取り入れるべく、臨床試験が始まっております。

― 今後の展望

 今後、直腸癌の治療はTNT を中心としたマネジメントが主流となっていくことが期待されます。そして、TNT で効果の低かった、もしくは効果なしの患者さんが手術にまわってくる。その手術ではロボット手術が活躍する場面が増えていくと考えられます。 

 外科医として手術技術の向上だけでなく、化学療法や腫瘍学的知識のアップデートを続け、ひとりひとりに最適な治療を提供していきたいと思います。